からだの
なぜ睡眠が
必要なのか?
一日の終わりに眠り、目覚める。毎日当たり前に行っている睡眠の習慣は、私たちの体の休息と脳のメンテナンスを行う、とても大切な時間です。睡眠時間が不足すると、日中のだるさや眠気だけでなく、集中力の低下から生活習慣病、認知症のリスクなど、心身に対してさまざまな影響が及びます。
睡眠が担う重要な役割や、不眠の正体、睡眠不足がもたらす弊害、免疫機能や認知症との関わり、そして眠りのリズムをつくる体内時計や日本人の睡眠時間の実態について理解を深めていきましょう。
- 監修
- 医療法人RESM 理事長/医学博士・日本睡眠学会評議員 白濱龍太郎先生
睡眠の役割
睡眠にはいくつかの役割があります。
主な役割は体と脳を休めることですが、それだけではありません。睡眠の初期段階では成長ホルモンの分泌が増えます。
成長ホルモンは、子どもにとって骨や筋肉などの発達に役立ち、大人にとっては代謝の調節や、免疫機能、認知機能にとっても重要な物質です。
また、睡眠は海馬の機能とも深い関係があると言われています。
記憶をつかさどる脳の部位である『海馬』は、記憶を一時的に保管し、必要な記憶を大脳皮質に送り込み、記憶を定着させる役割を持っています。
眠っている間、海馬は起きていたときの神経の活動を再生するように何度も繰り返しています。この繰り返しを通じて、一時的に預かった記憶が整理され、必要なものが大脳皮質へと送られて、長く残る記憶として定着していくのです。
「寝る子は育つ」とよく言いますが、育つのは骨や筋肉だけではないようです。平日の睡眠時間が長い子どもの方が、睡眠時間が短い子どもよりも海馬の体積が大きい傾向が見られたという研究結果もあります。
不眠とは?
『不眠』とは眠りたいのに眠れない状態が続くことです。『不眠症』とは、「夜間の不眠が続く」「日中に精神やからだの不調を自覚して生活の質が低下する」この2つの条件を満たす状態のことで、ストレスや精神疾患、薬の副作用などさまざまな原因があります。
不眠の原因は大きく分けて5つの要因に分類され、それぞれの英語の頭文字をとって「5つのP」と呼ばれています。
- 身体的要因(Physical:体の痛み・かゆみ・咳・頻尿・睡眠時無呼吸症候群による呼吸の乱れなど)
- 生理学的要因(Physiological:生活リズムが乱れる就寝環境・時差・交代勤務など)
- 心理的要因(Psychological:ストレスなど)
- 精神医学的要因(Psychiatric:うつ病やアルコール依存症、不安障害などの精神疾患)
- 薬理学的要因(Pharmacological:薬の影響やアルコール、カフェインなど)
また不眠は、主に「入眠障害」「中途覚醒」「早朝覚醒」の3タイプに分けられます。
「入眠障害」はなかなか寝つけないタイプ、「中途覚醒」は寝ている途中に何度も目が覚めてしまうタイプ、「早朝覚醒」は早朝に目が覚めてしまい、二度寝ができないタイプです。
こうした症状が続き、日中の眠気や倦怠感といった不調を感じる場合は、不眠症の可能性があります。気になる症状があれば、医療機関でのチェックを検討しましょう。
睡眠不足の弊害
睡眠時間が足りないと、体と脳が十分に休養できません。その結果、疲れが抜けず、頭のはたらきが鈍り、集中力や判断力が低下してしまいます。また、極端な睡眠不足は肥満や高血圧、糖尿病、心疾患など、さまざまな疾患の発症リスクにもつながります。
睡眠不足によって発症リスクが高まる疾患のひとつに生活習慣病があります。睡眠時間が足りないと、食欲にブレーキをかけるホルモン「レプチン」が減り、食欲を促すホルモン「グレリン」が増えてしまい、ついつい食べすぎてしまう……、ということが起こります。食欲が増すだけではなく、インスリンがうまくはたらかなくなって血糖値が上がりやすくなることもわかっています。
夜の間に低下するはずの血圧も、睡眠時間が足りないと高いままになりがちで、こうした状況が長く続くと、糖尿病や高血圧などの生活習慣病にかかりやすくなってしまいます。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」によると、睡眠時間が短いことによる健康のリスクとして、さまざまな調査研究の数字が掲載されています。
日本人男性労働者およそ4万人を対象とした7年間に及ぶ研究では、1日あたりの睡眠時間が5時間に満たない人は、5時間以上眠る人にくらべて、調査期間中に肥満になるリスクが約1.13倍、内臓脂肪の蓄積などが重なるメタボリックシンドロームを発症するリスクが約1.08倍にのぼったと報告されています。
その他にも、睡眠時間が6時間未満の人は、7〜8時間眠る人と比較して、心筋梗塞や狭心症といった心臓の病気の発症リスクが約4.95倍にまで高まるなど、睡眠が健康に及ぼす影響に関する多くの研究が報告されています。
免疫機能と睡眠の関係
睡眠は、体を病気から守る免疫機能とも深く結びついています。
睡眠中には、サイトカインというタンパク質の生成が活発になります。サイトカインは、免疫細胞たちが情報を伝え合って、連携してはたらくために欠かせない物質です。睡眠時間が少ないと、サイトカインが増加する時間も少なくなるため、免疫機能のバランスに影響を及ぼす可能性があります。とはいえ、サイトカインは、多ければいいというものでもありません。必要な時に必要な量が出ることが重要です。
ウイルスや細菌などが体内に侵入した際に、サイトカインが異常に出続けることで起きる免疫細胞のはたらきの暴走状態をサイトカインストームと言いますが、睡眠不足でサイトカインストームが引き起こされる可能性がマウスを用いた実験によって指摘されています。
また、睡眠は免疫の指示役となるヘルパーT細胞や、異物を攻撃する実行部隊となるNK細胞やキラーT細胞のはたらきをサポートする役割も持ちます。睡眠は、私たちの体の防御システムが正しく機能するために欠かせない時間なのです。
T細胞、NK細胞など、免疫細胞それぞれの役割については、下記の記事で詳しく解説しています。
睡眠不足と認知症
睡眠は『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』という役割の異なる2つの状態に分けられます。
『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』については、こちらの記事に詳しく書かれていますのであわせてご一読ください。
レム睡眠とノンレム睡眠の違いとは? |健康管理ラボ by ヤクルト本社
脳はノンレム睡眠時に、その日起きていた間に溜まった老廃物を排出します。排出のしくみを担うのが、「グリンパティックシステム(Glymphatic System)」です。脳がリンパ系のような老廃物を流すはたらきを持つという仮説から、グリア細胞のGとリンパ系を組み合わせて名付けられました。
深く眠っている時には、脳の細胞と細胞の間にできる空間が普段より広がるのですが、そこに脳脊髄液が流れ込み、たまった老廃物を効率よく押し流して排出するというのがグリンパティックシステムのしくみです。
睡眠が不足すると、グリンパティックシステムのはたらきが十分に発揮されないため、流し出されるはずの老廃物が脳に残ってしまうと考えられています。
アルツハイマー型認知症の原因となる物質、アミロイドβタンパク質もグリンパティックシステムによって排出される老廃物のひとつです。これが脳に蓄積されることでアルツハイマー型認知症の発症リスクが高まる恐れがあります。
しっかり睡眠を取ることは認知症のリスクを下げることにつながると言えるでしょう。
体内時計と睡眠
私たちが夜になると自然に眠くなり、朝に目覚めるのは、体内に生活リズムを整えるための「体内時計」が備わっているからです。
体内時計は生物時計とも呼ばれ、約24時間を周期とするリズムをつくり出します。この時計が刻むリズムは「サーカディアンリズム(概日リズム)」と呼ばれ、眠りと目覚めだけでなく、体温やホルモン分泌なども、この周期に合わせて変動しています。哺乳類の体内時計は脳の奥深く、視床下部にある「視交叉上核」と呼ばれる部分に存在しています。
体内時計があるからこそ、私たちの体は、日中は自然と活動モードになり、夜は休息モードへと切り替えることができるのです。
人間の体内時計の周期は、以前は25時間と考えられていました。しかし、近年の研究によって、24時間よりも少しだけ長い、24時間10分前後に修正されています。この周期は個人差が大きいことが指摘されています。
体内時計の周期が長い人は夜ふかしが得意な夜型の生活リズムになりやすく、周期が短い人は早寝早起きが得意な朝型になりやすいようです。
体内時計と1日24時間との差がわずか10分程度だったとしても、定期的にリセットしないと、睡眠のリズムが少しずつ後ろにずれてしまい、生活リズムが狂ってしまいます。
体内時計をリセットする方法として、重要なのが日光です。朝、日の光を浴びることで体内時計が調整され、24時間周期に合わせることができます。夜型の生活が続くと、体内時計は少しずつずれていき、夜眠れなくなったり、日中の眠気や倦怠感につながったりすることもあるため、なるべく午前中に自然光を浴びるようにしましょう。
日中にどうしても眠気が強いときは、短めの昼寝を取り入れるのもひとつの方法です。ただし、長すぎる昼寝は夜の眠りを妨げる可能性があるため、注意が必要です。
日本人の睡眠時間
厚生労働省の「令和6年 国民健康・栄養調査結果の概要」によると、ここ1か月間で睡眠によって休養が「充分とれている」または「まあまあとれている」と回答した人の割合は79.6%となっています。男女別で見ると男性で80.4%、女性で78.9%となっており、一見、眠れている人が多いように見えます。
しかし、1日の平均睡眠時間が6時間以上9時間未満(60歳以上は6時間以上8時間未満)の人の割合は56.0%。男女別に見ると、男性56.1%、女性55.9%となっています。十分な睡眠時間を確保できている割合となると、かなり少なくなってしまうようです。
1日の平均睡眠時間(20歳以上、性・年齢階級別、全国補正値)
- 問:ここ1ヶ月間、あなたは睡眠で休養が充分とれていますか。
実は、日本人の睡眠時間は世界的に見ても少ない傾向にあります。「令和6年版厚生労働白書」によると、11か国の睡眠時間を比較したところ、日本は男女ともに最下位でした。同資料には次のような記載があります。
“良質な睡眠の確保は、企業にとって、労働者のこころの不調を予防するという意味にとどまらず、生産性の向上という視点からも課題であることを示唆しているといえる。”
睡眠不足は個人の不調にとどまらず、企業の生産性を左右する課題としても捉えられています。そしてそれは、国全体の健康づくりの課題でもあります。
睡眠時間の国際比較
- (備考)
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- 1.日本は、総務省「令和3年社会生活基本調査」、それ以外の国は、OECD"Gender data portal 2021 Time use across the world"より作成。
- 2.睡眠時間は、「sleeping」に該当する生活時間。
- 3.日本は令和3(2021)年、米国は令和元(2019)年、カナダは平成27(2015)年、英国および韓国は平成26(2014)年、イタリアは平成25(2013)年、ドイツは平成24(2012)年、ノルウェー及びスウェーデンは平成22(2010)年、フランス及びフィンランドは平成21(2009)年の数値。
- 資料:内閣府「令和6年版男女共同参画白書」に基づき、厚生労働省制作管轄官付政府立案·評価担当参事官室作成
厚生労働省の「健康日本 21(第三次)」には、休養・睡眠分野に関連する目標として、令和14年度までに「睡眠で休養がとれている者の割合」を80%(20歳〜59歳は75%、60歳以上は90%)に、「睡眠時間が6〜9時間(60歳以上については6〜8時間)の者の割合」を60%(20歳〜59歳、60歳以上ともに60%)に引き上げることが掲げられています。
適切な睡眠時間は、成人の場合で6時間〜8時間と考えられていますが、生活リズムと同様、人によって最適な睡眠時間は異なります。眠った時間に対する疲労の回復度合いや、日中の眠気などを評価軸として、自分にとって必要な睡眠時間がどれくらいか、自覚しておくことが重要です。良い睡眠が取れているか、日々の体調と合わせてセルフチェックする習慣を持ちましょう。